JOURNEY
ヘルシンキ – “公共”のデザイン
2020 Jan.12
まるで自宅のような、中央図書館「Oodi」
中央駅からわずか徒歩数分の一等地にある図書館「Oodi」。日本の図書館との最大の違いは、「居場所」の圧倒的な充実。もちろん日本でも勉強したり本を読んだりするデスクは置かれているのだが、日本のそれが「勉強部屋」なのに対し、「リビング」として設計されているので何時間でもだらだらと過ごすことができるのだ。しかも本だけではなく、ミシンコーナーで何やら縫い物に励む人たちや、ゲーミングPCコーナーで大画面で何か開発してるのか単に遊んでいるのかしている人たちがわんさかいる。3Dプリンタ、大判プリンタ、何かを試そうと思った時に市民がなんでもできる環境が揃っている。
そもそも図書館なのに本が少ない。そんなに読まれない本は、依頼に応じて裏から出してくればいい、もしくは他から取り寄せればいいという考えなのか。その代わり、大量に置かれた椅子、そもそも建物自体が階段を多用していてそこに寛ぐ人たち。チェスをしている人たちもいる。
訪ねた時も夜だったのだが、22時まで開いているので、仕事帰りや夕食後にたっぷり時間を過ごすことができる。公共というのは文字通りみんなの役に立つということだとすると、もはやここは第2の我が家として市民に開かれている秀逸なデザインだった。
あえて地下に拡張した「Amos Rex」
そしてもうひとつ。Oodiからもほど近いヘルシンキの中心部に新しくできた美術館「Amos Rex」。そもそも19世紀初頭に作られたフィンランド機能主義の代表的建築である母屋を壊すことなく、地下に拡張された美術館。天井が有機的な膨らみになっているのだが、それがそのまま地上の隆起につながっていて、こどもたちやスケーターたちの格好の遊び場になっている。
もともとの広場を潰すことなく、市民の居場所を確保しながら、新たな空間を作っていく。土地単独のことだけを考えた活用デザインではなく、町におけるこの場所の役割を考えたデザイン。こういうパブリックな考え方を随所に見られるのがヘルシンキ の凄いところだと思う。
