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バレエコンクール至上主義:私たちは若いダンサーを、リスクにさらしてはいないか。〜クリストファー・パウニー(ロイヤルバレエスクール芸術監督)

2019 Dec.06

 バレエコンクールはこれまで、若いダンサーたちが有益な経験を得ると同時に、志を同じくする熱心な若者同士がお互いに切磋琢磨する場を提供し続けてきました。多くのトップダンサーたちが、コンクールを通じて名誉あるバレエ学校やカンパニーに入ることができたのは、人生を変える出来事だったと語っています。

 生徒たちは、単に入賞するチャンス以上に、コンクールを通じて多くの経験を得ることになります。人と出会い、友人をつくり、新しいダンススタイルやコーチングスタイルを学び、世界の中での自分の位置を知り、さらには、本当に刺激となる教師やコーチに教わる機会なのです。

 近年、国際的なバレエコンクールは、急激に巨大になりつつあります。これは本来は、より多くの生徒たちにコンクールに出場しアピールする機会を与えるという点で、喜ぶべきことであります。大枠では、間違っていないでしょう。
しかしながら私は、このことが生徒や親に与える影響を憂えざるをえないのです。最近はコンクールを重視するがあまり生徒を早期育成しすぎる傾向にあり、それは不健全なことであります。
バレエというものは、ステップをきちんと表現するための肉体的あるいは技術的な能力だけでなく、それ以上の様々な能力が求められます。

 いくつかのコンクールはダンサーの育成にとってマイナスなのではないか、という感覚を持っているのは私ひとりではありません。つまり、テクニックがあまりにも芸術性に偏りすぎるがあまり、生徒たちは、本来学ぶべき基礎を習得する前に、極端な表現ばかり追求してしまいがちなのです。観客たちもまた、舞台映えするトリッキーな技巧に歓喜しがちです。しかし観客たちこそ、年齢に応じたテクニックの完成度や適切さをきちんと見た上で、さらに情緒的で、ダイナミックで、音感に富み、ストーリー性が高い、表現力豊かなダンサーを追い求めるべきです。これが本来の芸術のあるべき姿です。

 このような早期育成は、精神的、肉体的に、重大な問題を引き起こす可能性があります。私たちのようなバレエ教育機関は、生徒たちの心と体の育成について知見がたまってきていますし、どのようにすれば健全でより伸びる生徒たちを育てられるかの研究も重ねてきています。私は教育者として若いダンサーたちについてもっとケアする義務がありますし、バレエに関わる者として、害を及ぼすようなことが広まりつつあることについて、なんとかしなければならない義務を感じています。

 まずいことには、コンクールで必要だからといって、9歳から11歳くらいの小さな女の子にポワントを履かせてバリエーションを踊らせる教師がいます。ポワントワークは、しっかりとした基礎体力が必要で、少女がバレエ技術を身につける上では明らかに後からでいいものなのです。
最高峰のバレエスクールですら、ポワントワークは11歳になってからようやく始めるものです(場合によっては10歳から始めることもありますが)。
つまり、身体がしっかり形成されてからようやくポワントに進むのです。理想的には、3年から4年、きちんとデミポワントをこなし、注意深くトレーニングを行なった上で、ポワントに進むべきでしょう。したがって、9歳から13歳くらいの生徒に、強制的にポワントのバリエーションをやらせることは、明らかに憂うべきことです。
レッスンにおけるポワントエクササイズと、コンクールのバリエーションに期待されるレベルとでは明らかに違いがあるのです。

 小さな男の子たちたちにパ・ドゥ・ドゥを踊らせるコンクールまであります。肩や背中の骨格がまだ十分にできあがっていないことを考慮すべきではないでしょうか。
きちんとした学校では、少年たちにパートナーを組ませるのは14歳になってからです。なぜこのように、未熟な身体を傷めるような危険なことが許されるのでしょうか。
いくらコンクールで入賞するためとは言え、このような早期育成が正当化される理由は一切ありません。

 若いダンサーが、9歳から11歳くらいのころに、時に世界中を飛び回りながら、たくさんのコンクールに出場し続けることで、あまりにもプレッシャーを受けつづけ、14歳、15歳くらいになるころには燃え尽きてしまうこともよくあります。このようなケースを幾度となく見てきましたが、これは誰にとってもよいことではありません。

 いくつかのバレエ学校がこの状況に気づいていることはよい傾向です。
生徒たちや親たちは、コンクールの入賞者を数多く出している学校(教室)こそがいい学校(教室)であると信じています。そして親御さんたちたちは、よりよい教育を受けられるはずだと、そうしたコンクール実績のあるバレエ学校(教室)に入学させようとします。しかし、それは大きな間違いなのです。そうした学校や教師たちは、コンクールでの評価を得るためにバリエーションを完成させることばかり重視して、結果として、重要な基礎的トレーニングに時間を割かないのです。
16歳にもならないダンサーたちに、ソロを完成させるために、1日に6時間から8時間、1週間に6日あるいは7日間も練習させる学校すらあるのです。
もしこれらの時間が、コンクール用のひとつのバリエーションのほんのいくつかのステップのためだけに使われているとしたら、それ以外の技術や表現を学ぶ時間などありません。

 学業という観点ではどうでしょう。週にわずか数時間しか学業に時間を割くことができない、という話すら聞いたことがあります。
すべてのこどもたちは、しっかり学業に取り組むべきです。少年少女時代のほとんどの日々をバレエに捧げることで、勉強する時間がないとすれば、それは大きな問題です。しっかりと勉強することがバレエをやめたあとのキャリアに役立つ、という意味だけでなく、知的できちんと考えられるダンサーこそがが、アーティストとしてもより成功しやすいという側面もあります。

 多くのトップレベルのバレエ学校は、16歳に満たないこどもたちには、週5日、1日に3時間から4時間しか踊らせず、週末にはきちんと休みをとらせます。
身体を壊さず、しっかりと成長するためには、休みをとることが必要です。あまりにも長い時間トレーニングを行ってしまっては、成長や集中力にまわるエネルギーはなくなってしまいます。よいトレーニングとは、ダンサーが自分のポテンシャルを最大限に伸ばし、バレエ人生において長い間パフォーマンスできるための基礎を、注意深く確実に築きあげるものであるべきです。

 いくつかのしっかりとしたコンクールは、これまでの経験を踏まえ、参加者が正しいトレーニングと身体およびメンタルの健全性に関する最新の研究成果に則るよう、明確な基準とアプローチとを取り入れています。

 たとえば、ローザンヌ国際バレエコンクールは、15歳にならないと参加できません。それは、表現を行うための十分な身体的成長を考慮してののものです。これは、コンクールの目的が、プロのソリストあるいはプリンシパルダンサーのバリエーションを評価する、ということなので理にかなっています。名だたるプロのダンサーたちにとってすら難しいバリエーションです。このコンクールにおいては、ダンサーがこれまでの経験で身につけてきた実力やポテンシャルをはかる上で有益かつ貴重な情報を得るために、コンクール中のクラスワークも重視します。

 コンクールは、バレエを学ぶ者たちにとって貴重な経験を得られる素晴らしい仕組みであることは間違いありません。
しかしながら私たちは、バレエに携わる者として、こどもたちに何を期待し何を求めるのかを改めて考え直す必要があります。とくに、コンクールが彼らの健康や成長や練習時間に及ぼすことについて。ダンサーたちはつねに身体を壊すリスクを負っています。私は、こどもたちを守るためにしっかりとした基準を設けることが我々の義務だと考えています。こどもたちに、それぞれの年齢に応じ、芸術的に身体的に何を求めるのかを明確にすることが必要だと考えています。

 バレエ界の多くのリーダーや教師やコーチが積極的に同様のことを発言していることは、頼もしい限りです。現在、そして将来にわたり、大切な若者たちのために何が健全で何が育成なのかをしっかりと考え、推進していけることを祈っています。

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